事前学習用資料(PDF資料)
出水の戦争遺跡を通して学ぶ
  
 平和学習
太平洋戦争を理解するための
  
22のキーワード
事前学習用DVDあり(20分)
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          ちかせんとうしきしょ                                           
               地下戦闘指揮所(位置:特攻碑公園内)
  敵の本土空襲が避けられない状況になった昭和19年初め主要な地下壕や航空態の外に移されました。この地下壕は、壕内に通信施設を設けた戦闘指揮所でした。
航空態の隊門近くに設置され、壕内の出入り口は4箇所設けられていましたが、現在は2箇所が現存しています。
 
えいへいとう                                    
衛兵塔(位置:特攻碑公園内)
航空隊正門(現桜並木)に対面して建立され、通行者の監視と警戒に当たりました。立哨は、衛兵伍長の指揮の下、兵が当たりました。兵は常に銃を所持し、下士官・兵の敬礼には「気をつけ」の姿勢をとり、仕官の通過の対しては「捧銃」の礼を行いました。
この衛兵塔は現在位置より南に(30m)在ったものを移設したものですが、弾丸や機銃掃射による弾痕が生々しく残っています。
 
                                     いれいとう  「くものぼひょう」                            
                                    慰霊塔「雲の墓標」(位置:特攻碑公園内)
  昭和35年建立序幕された戦没者の慰霊塔です。碑正面の碑銘に記されているのは、小説「雲の墓標」(阿川弘之著)による特攻隊員の遺書です。
 
           プロペラ   (位置:特攻碑公園内) 
3枚羽のものは、昭和20年(1945年)4月26日出撃した一式陸上攻撃機の左エンジンのプロペラで桂島沖から漁船により引き上げられたもので当時の乗員の遺体は長島沖で発見されました。また2枚羽のプロペラは、陸軍九七輸送機のもので、同じく漁船の網に引っ掛かって引き上げられたものですが、当時の事情は不明です。
 

かっそうろあと                             
滑走路跡                               
    出水基地の主滑走路は1500mの長さがありました。
現在は、その一部が一般道路として使用されています。米軍の爆弾で穴ができると旧中学の生徒を動員して補修されることもありました。
 
えんたいごう                        
掩体壕                         
  掩体壕は、敵の空襲から飛行機を守るために作られた、いわば「飛行機の防空壕」です。コンクリート製や土塁のものがあり、掩体壕の上部には草が生え、上空から敵にみつからないように工夫されています。写真は昭和19年に飛行場外周部に建設されたもので小型機用の掩体壕でう。同種の掩体壕は他にも数基建設されいましたが、戦後撤去され現在3基が残っています。